2013年3月11日月曜日

震災2年目を迎えて

 震災から2年目、3月11日を迎えました。

 地元スタッフも、それぞれ家族と共に過ごしながらも追悼の時間を過ごせるように今日はお休みでした。それでも、「一日家にいて、テレビから流れる震災関連の番組も見れないし辛くもなる・・それより、HUGハウスにいる方が安心だから」と出てきたスタッフも。

 町は至るところで震災を思い出す一色になっていましたが、自分の心が未だついていけない人にとっては行き場所がない感じがしました。安心して、ゆっくり考えたり、分かち合ったり、一人になったりする場所の必要性を強く感じました。

 今日は、活動は行わず震災の日を思い出しながら、津波で亡くなられた方々を思い出し、そしてこの1年の間に関わりを持ち「命の叫び・痛み」を分かち合って下さった方々の事を考える時間を持つ日にしました。高野山大学の井上先生とハルも合流してくださいました(写真上左)

 午前中にある家族が亡くなった家族を見つけた場所に皆でお祈りに出かけました。井上先生の般若心経とテゼの祈りをもちいて冥福を祈りました。また志津川湾に向かっても祈りを捧げさせてもらいました。この1年間で多くの家族から津波の犠牲になった方の思いを聴かせていただいていましたので、そこに居るような感覚で、その冥福を祈らせてもらいました。

 午後の震災発生時間前からは、HUGハウス田尻畑で祈りと分かち合いの時間を持ちました。 
 どこにも行きたくないと話していた仮設在住のAさんも参加されましたが、「去年よりは、今年の方が辛い・・・この先、どのようにして生きいていけるのか・・・この心の想いを話したくても話せないのも苦しい」と。それでも、「ここHUGハウスで学んだ、まずは自分のケアから始め家族の皆にそれが広がって変わっていけると思う」と、少しづつ歩みが始まっていることを分かち合って下さいました。

 その分かち合いを聴いている内に、どうしようもない絶望の淵にも希望は生まれるし、希望を一緒に探していけるという事実を体験したように感じました。希望は外からではなく、その人の内から生まれる・或いは探せる・・・、この事を、明日からもこの町の方々と一緒に生きていきたいと思いました。


 子供たちの学習の手伝いのボランティアで来ているオークさん(大学生のボランティアチーム)が、昨日よりHUGハウスを利用していました(写真右)。
 これまで何度もこの南三陸町にボランティアで入り活動し総勢180近くの大学生がボランティアで入ってきたそうです。この度、この活動が認められ「東京大学総長賞」が決まったと報告をうけました。地道な活動でも丁寧に一人ひとりの子供たちの学びに寄り添い続けた活動が認められたのでしょう。
 オークの皆様、本当にご苦労様でした。今後の活動にも一緒に歩ませていただけると嬉しいです。







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